ゴミの中に見つけた価値
故郷に錦を飾るまではあきらめない
私のふるさとは富山県です。親元を離れ上京する時、一大決心をしました。それは、自分は無一物から始めるけれど、ぜったいに最後は故郷の親や友人に誇れるほど、しっかりとした生活ができるようになってみせるという決心でした。
東京に出て女中奉公から始めました。贅沢をせずに必死で働いて、親を呼んで東京見物をしてもらえるようにもなりましたが、それではまだ満足できませんでした。もっと自分の力を出せる仕事をしたい。そう思い、理容師の免許も取りました。でも少し違う気がする。そんな矢先にある古物商のおばさんに出会いました。人が要らないといったものを集めてお金になる仕事です。なんだかとても可能性のある仕事に思えました。
私はそのおばさんに仕事を教えてくださいと頼みました。そして、その人のお得意先には一切入り込まないことを条件に、3ヶ月間見習いとして使ってもらったのです。
事業家としてのスタート
見習い期間が終わるといよいよ独立です。自分自身の力で商売を始める時がついに来たのです。虎の子の3万円をはたいて軽自動車を買いました。幸先良く、あるお家でたくさんの不用品を売ってもらえました。それを問屋さんに持っていき、そのお金で商売に必要な様々な道具を揃えることができました。
みなさんゴミって言いますが、ゴミは宝の山ですよ。当時大卒の初任給が7千円だった時代に、2万円から3万円にもなったのですから。その代わり商売に浮き沈みはつきもので、 苦しい時もありました。財布に10円しかないこともありましたが、商売替えは考えませんでした。人に価値を見出されずに捨てられたものの中に価値があるということの面白さに、私は魅了されていたのかもしれません。
それと、どんなに苦しくても、ずるいことやルール違反はぜったいにしない、と決めていました。コツコツ地道に、真面目に続けることが、結局は成功への早道なんだ。郷里を出てからの様々な体験の中で、それは私の体が掴んだ真理でした。